鹿児島大学大学院 医歯学総合研究科 先進治療科学専攻 外科学講座 消化器外科学
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巻頭言

巻頭言

2022年巻頭言

外科医と感性

教授 大塚隆生
専門臓器:消化器外科(胆膵外科)
 美意識は直感や感性で感じるもので科学や論理の対極にあるが、自然科学に携わる者が身につけておいてほしい素養でもある。昨年ノーベル物理学賞を受賞した真鍋淑郎氏は「自然は無限に複雑。それをいかに単純化し本質を捕まえるか。無駄を省いていかに美を追求するか。“生け花”のようなバランスが大事だ。」と発言している。また数学者・藤原正彦氏は名著「国家の品格」で「真実はアインシュタインの特殊相対性理論の公式E=mc2のように単純で美しい。これを感じとる感性、そして美しくない公式は真実ではないと感じる感性が必要である。」と述べている。ビジネスの世界でも同じで、山口周氏も著書「世界のエリートはなぜ美意識を鍛えるのか?」で「大学までは用意された答えを導く訓練を受けるが、社会に出ると答えが無いものの判断を迫られることが多い。その答えを決める判断材料となるものが各個人の持つ “美意識”であるから、これを鍛えておく必要がある。」と述べている。外科領域学会のサブタイトルとして「ScienceとArt」というフレーズがよく使われるが、これも同様の趣旨であろうと思われる。美しい手術はリズミカルかつ合理的で無駄がなく、結果的に手術時間が短く、出血量や術後合併症も少ない。また外科学はScience(自然科学)の一領域であるから論理的に考えていく必要があり、それを補う力として本質に迫る美意識が必要で、やはり “美”を感じ取る感性とそれを実務に還元する能力を磨く必要がある。

 昨年は鹿児島県内各地の講演会や高校生の課外授業で「外科医と感性」をテーマにした話題を多用した。多様な診療科の医師、看護師、工学技師、薬剤師、理学療法士、事務職員、学生を対象とするため、私の専門である膵臓外科の狭い領域の話をするよりは聞き手の反応は良い。臨床現場で医療従事者に共通して必要な感性は「美意識」のほかに医療人・社会人として「倫理観」(善悪の判断力)、患者の身になって考える「思いやりの心(惻隠の情、恕)」、そして医療安全上の危険な徴候を見逃さない「気付き」なども挙げられる。倫理観と思いやりの心は「人間性」に言い換えることもできる。人間性は育った環境にも依るが、これを身につけるには「我慢や苦労、悲しみを経験することと、それらの経験を補うために読書をすることが必要」と言われている。医療従事者の育成においてScienceの部分である専門知識や技術の習得は私たちで支援できるが、人間性を身につけるには自己努力に負うところが大きい。そのため自己努力が常にできる読書を勧めるようにしている。読書にはそれほどお金もかからない。「気付き」は「本質を見抜く力」であり美意識にも通じ、これを鍛えるには豊かな自然や文化・芸術に触れて、感性を高めておく必要がある。また診療業務の中でのちょっとした患者の徴候やシステム異常への「気付き」は医療事故防止にも繋がる。先の真鍋氏を含め多くのノーベル賞受賞者が科学に対する芸術性の必要性について言及しており、実際ノーベル賞受賞者の多くが芸術的趣味を持ち、自然と文化が豊かな地域から出ている。美しくないものや自分でおかしいと思うものは真実ではない、正しくないと感じ取る感性は実臨床や研究でも必ず役に立つ。ちなみに先述の読書はこの「本質を見抜く力」を養う上でも重要で、また昨年の巻頭言にも書いたように歴史を読んで先人の知恵を知れば、目の前にある問題解決の判断材料にすることもできる。

 自身の経験からも、幼い頃から自然を相手に魚釣りや昆虫採集をしたことが手術にも活かされていることを感じる。そして同世代の外科医と話した際にも同様の意見を聞く。記憶をたどると自然を相手にかなり危険な目にも遭っているが、そこで危機管理能力も自然に学んでいたと思う。釣り場、虫捕り場に行くとまず全体を俯瞰して獲物がいそうな場所、危険な場所を見極め、時に進み、時に迂回する。危険な足場を進むときも、先を読んで次の足の踏み場や手で掴むもの、逃げ場を感覚的に探していたと思う。また釣りの仕掛けも糸や針のサイズを感覚的に選んで自前で作っていたし、引きの強さで魚のサイズも想像できていた。手術も同じで、まず全体を観察してほぼ直感的、感覚的にこれはいけそうだ、無理そうだ、ここは危険だろうと感じ、その日の手順を最終形まで想像している外科医も多いと思う。慣れや経験も必要だが、脂肪の中の血管の走向を想像して感覚的に程よいカンタートラクションをかけて操作を進め、血管の太さに対する結紮糸のサイズを直感的に決めるなど、感性をフル稼働して手術をしていることが多いと思う。こういった感覚は言葉で伝えられるものではなく、ここに多くの外科医が伝えることの難しさ、教育の難しさ、もどかしさを感じているのではないかと思う。一方、それを阿吽の呼吸で感じ取ってくれる若手がいるのも確かで、その中から次世代の核となる外科医が育っていくものと思われる。釣りや虫捕りに限らず自然を相手にした経験が意外と仕事にも活かされるものであり、危機管理能力や本質を見抜く力も身につく。昨年も家族連れの教室員とともに入来峠に虫捕りに出かけた(↓写真)。スズメバチに遭遇するなど危ない場面もあったが、一昨年より参加家族と捕れた深山クワガタは多かった。参加した子供達から将来の外科医が育っていくことを期待したい。




 昨年もコロナ禍のなか、病院長の攻めの経営も奏功して消化器・乳腺甲状腺外科でも一昨年より手術数を伸ばすことができ、先進医療の推進と若手教育、研究に必要な手術数を確保できるようになった。さらに昨年は医局員から6名の内視鏡外科技術認定医が誕生し、直腸に続き新たに食道、胃、膵臓でもロボット支援下手術を安全に導入することもできた。少し遅れていた低侵襲手術も少しずつ診療と教育の体制が整ってきたが、進むときは早いものなので医局員のさらなる奮起に期待したい。また働き方改革へ向けた対策、学生・研修医教育の見直しを行った効果もあり、学生や研修医にも楽しい職場に見えるようになってきたようで、本年4月から7名の新入局員を迎えることにもなった。鹿児島はユネスコ世界自然遺産と文化遺産の両者が揃った世界的にも珍しい自然と文化が豊かな土地で、「感性」を磨くには十分な条件が揃っている。こういった地の利も活かし、また地域医療に必要な「郷土愛」も育みながら、地域に根差し、さらには世界にも通用する医療を提供できるよう若い人には精進してもらいたい。

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