2023年巻頭言
グローカルな診療、研究、教育の拠点形成を目指して
教授 大塚隆生
専門臓器:消化器外科(胆膵外科)
「医師は地方にいても世界と戦える職業である」。若い頃に先輩から言われたこの言葉を特に最近身に染みて感じる。教室から発表する臨床論文は日々の診療の経過報告であるし、どんなに僻地にいても珍しい1例を英文で報告すれば、世界中の人が目にすることができる。どの診療科に属していてもぶれてはいけない医師の基本姿勢は地域に密着した医療提供であり、ここから様々なものが生み出されてくる。鹿児島大学のスローガンに「南九州から世界に羽ばたくグローカルな研究教育拠点形成」がある。「グローバル」ではなく「グローカル」であり、「グローバル」と「ローカル」を合わせた造語である。元来、薩摩藩は独自の文化と教育体制を持ちつつ世界にも目を向けた雄藩で、幕末明治維新から坂の上の雲の時代まで「グローカル」な視点を持った多くの傑物を世に送り出したことでも知られ、「グローカル」はまさに鹿児島大学に相応しい戦略である。
大学外科学教室における臨床、研究、教育の基盤となるのは、言うまでもなく手術での地域医療への貢献である。よい外科医療を提供すれば地域から信頼され、紹介患者は自然と増える。そして手術件数が増えれば若手外科医の執刀機会が増え、豊富な臨床データや切除標本を用いた質の高い研究が可能となり、それらを通した教育もできる。この診療、研究、教育のサイクルがうまく回りだすと地域医療が充実するだけでなく、活躍の場を求める若者や研究費も自然と集まってきて組織が活性化し、さらに国内だけでなく世界からも注目されるようになる。私が鹿児島に赴任して3年が経ち、ちょうどコロナ禍が重なったこともあり教室の診療、研究、教育の内政充実を図ることがある程度できた。私が専門とする膵疾患診療では、特に消化器内科の先生方と学内外を問わず顔の見える連携をすることを意識し、患者紹介とタイムラグのない治療導入をスムーズに行うことができるようになった。結果的に膵切除術が大幅に増え、2022年には年間100件を超える膵頭十二指腸切除術を周術期死亡ゼロで行うことができた。これは前任地でも経験したことのない件数で、都市部のハイボリュームセンターにも負けていない。また若手の執刀機会も確保しつつ、ロボット支援下膵切除術も安全に導入することができた。今後は標準治療を軸にしながら、いかに鹿児島の医療事情にも即した特色を出していくかが課題である。
私のライフワークである膵管内乳頭粘液性腫瘍(IPMN)の研究基盤も整ってきた。IPMNの診断に欠かせないMUC染色による形質分類は鹿児島大学病理学教室が元祖であり、そのため400例近くのIPMN切除検体が病理学教室に保管されていた。早速これを利用しIPMNのマイクロバイオーム研究を始めたところ大変面白い結果が出て、大学院生に報告してもらった (Hozaka Y, et al. Surgery 2022; doi: 10.1016/j.surg.2022.10.003.)。詳細は原文を読んでいただきたいが、これは「なぜ同一膵内に多様なIPMNや併存膵癌が多発するのか?」という私の長年の研究テーマの本質に迫る一助となる内容で、今後の展開に期待が持てる。また膵癌と同様に遺伝子変異の少ないIPMNの研究は、ゲノム解析から蛋白解析(プロテオミクス)に移行してきており、この国際共同研究にも参加し、膵疾患研究で有名なジョーンズ・ホプキンズ大学やハーバード大学を抑えて鹿児島大学が最も新鮮標本検体を提出することができた。さらに今年はIPMN国際診療ガイドライン改訂の年で、私がリーダーを務める。これらを起点に海外留学の足掛かりを作り、若手教室員に世界一流の研究室に行って見聞とネットワークを広げてきてほしい。内政がある程度整い、私自身も今後は国内他施設や各種学会、海外との連携の充実にも努めていきたいと考えている。
外科領域にもグローバル化の波がきており、世界と戦うにはビッグデータやランダム化比較試験を駆使する多施設共同研究が必須となり、国内あるいは国際多施設共同でデータを集積することの意義は益々高くなってくる。しかし一方で、そのデータ登録と収集に若手が忙殺されるという負の一面があることも否めない。そして臨床の忙しさも相俟って自施設で後輩の研究指導を放棄してしまった外科教室も多くなっているように感じる。グローバル化は欧米主導の一部の人間のための利権主義で、日本を含む他国が主導権をとることを許さないシステムでもある。これは経済に限らず、医療の世界でも同様であろう。むしろ個々の施設で独自性を出していく多様性や弱者にも手を差し伸べるのが本来の日本の良さでもあることを思い出してほしい。2022年の第77回日本消化器外科学会総会(遠藤格会長)で発刊された「消化器外科医が薦めるこの1冊」で圧倒的人気であったのが「坂の上の雲」である。江戸時代300藩の多様性の中で培われた論理(情報収集力と分析力)と感性(惻隠の情や胆力を含む武士道精神)の融和が残っていた時代に、それらを総集結した日本の英知が日露戦争勝利を導いた物語で、論理と感性(サイエンスとアート)のバランスの取れた多彩な群像が活躍し、日本人が世界に尊敬された最後の時代でもあった。そこに日本人のあるべき姿を見ることができるため、多くの読者の心を揺さぶるのであろうと思う。海外に追いつけ、追い越せだけではなく、独自の日本の良さも再考していく時期に来ているのではないかと感じる。そういった多様性や個性を伸ばすことが日本全体の底上げにもつながっていく。地域医療に密着した豊富な手術と、臨床データと切除検体を活用した大学院生の研究指導を軸に「グローカルな診療、研究、教育の拠点形成」を目指し、日本の端で何かすごいことをしている所がある、と思ってもらえるよう、国内だけでなく世界へ向けて独自の情報発信をしていきたい。