了解しました。
では、こちらの方はお任せください。
朝から、神妙な面持ちでパソコンの画面を前にしゃべっていたのは、
新しく赴任してきた須子井教授だ。
教授、テレビ会議ですか?
うん…とうとう、全国に緊急事態宣言が出たからね。
日本外科学会でも手術指針が出たんだ。
とうとうですか…
欧米をはじめ外出制限が延長された国のことを考えると、
指針は必要になりますね
そうですね、黒尾先生。それにしてもまさかここまで急速に広まるとは…
凸瀬先生。我々もこれまで以上に慎重にならなければいけません。
科学的データと照らし合わせて、状況に合わせたトリアージを定めなければ。です
トリアージとは、スタッフや医薬品などの医療資源が制約される中で、
一人でも多くの傷病者に対して最善の治療を行うため、
その緊急度で搬送や治療の優先順位を決めることだ。
例えば、災害などの状況では、
通常と同じ順番で治療を行うと、重症者が長時間放置されたり、
最重症者から治療を始めると、その治療だけで医療資源が不足して、
確実に助かる重症者の治療ができなくなることもある。
それを解決するため、優先順位を見直す。
つまり、新型コロナウイルスの影響で外科手術にも
トリアージを設定しなおさなければならない。
ということだ。
日本外科学会から発表されたのはどんな指針なんですか?
うん、基本的には、医療従事者の感染リスクを抑えるための提言だね。
僕たちが外科医療を継続的に提供するためには大事なことだけど、
新型コロナウイルスに関してはまだまだ分からないことも多いし、
地域の状況を踏まえる必要があるから、それだけで大変な戦いになりそうですよ…
全文は、あとでこの
>>『新型コロナウイルス陽性および疑い患者に対する外科手術に関する提言(改訂版)』
を詳しく見てもらうとして、わかりやすいところでいうと…
●夜間などスタッフが限られる状況での緊急手術をできるだけ回避すべきこと
●術式の選択を、患者だけでなくスタッフの安全性を考えたものにする
●腹腔鏡手術では高精度フィルター・排ガス装置などを使う
などがあります。
ちなみに米国外科学会が推奨している手術トリアージでは、
『すぐに手術しなければ、致命的、
あるいは重大な障害を残すもの以外は可能な限り延期する。』
という方針になってます。
なるほど…。PPE(個人用防護具)に関しても、
N95マスク(アメリカ合衆国労働安全衛生研究所のN95規格をクリアしたマスク)レベルのマスクの着用や、
使用後の廃棄の推奨が定められていますね。
気管挿管時の手術スタッフの待機態勢や、交代人員の必要性、
予想できる限りの薬剤の準備、
扉の開閉頻度の頻度縮小まで定められていますね。
あっ、
『医療従事者は新型コロナウイルスの付着・拡散を防ぐため自宅からの服を脱いで袋に入れておく。』
とも書いてありますね…
それだけではないよ、
『帰宅したらすぐに服を脱いで洗うべき。』とも書いてあるね…
『手渡しで商品を購入するときには、使い捨て手袋を使用する。』か…
家族間での接触にも気をつけなければいけません。
マスク・手指消毒・手洗いの励行はもちろん…、
桐野くん、君たち若い人がよくつかっているスマホも清潔にする必要がありますよ。
あ…。
鹿児島では、今のところ手術に及ぼす影響は出ていませんが、
病棟への家族の立入り制限などは始まっています。
これから色々な支障が出てくることでしょう…。
いろんなところで、無症状の感染者が多数発生している。
という報告を考えると慎重になりすぎてもまだ足りない。
と言えるかもしれませんね。
うん、僕自身も赴任早々に14日間の自宅待機でしたからね…。
今でもカンファレンスや回診は中止です。
早く収束して欲しいですね…
未知のウイルスのために、治したい人をすぐに治療できない。
というのはジレンマだなぁ…
誰に聞かせることもなく、つぶやくように話す教授の顔は本当に悔しそうだった…。
さぁ、ぼやいていてもものごとは進みません。これから大仕事です。
私たちの作った計画は地域の医療計画の指針ともなります。
これからの手術トリアージ計画についてだけでなく、
色々なことについて、みなさんの意見が必要です。
はい!
前・江良井教授の尽力、みなさんの努力で
全国から一目置かれるまで育ったゲカイチです。
今後状況に合わせて、変えていかなければならない点は出てくるとは思いますが、
臨機応変に対応していこうと思っています。
第一に患者さんに迷惑がかからないようにすることです。
どんな形でもいいので意見があれば、世間話の中の提案程度でいいので、
私だけでなく、お互いに何でも伝えてください。
できれば、早めに。です。
柔らかい表情に鋭い眼差し…須子井教授もなかなか熱い先生のようだ。
僕も何だか熱いものがこみ上げてきた…。
そして…、もし、私が間違った方向を向いている時は必ず知らせてください。
医療はチーム。知識や技術だけでなく人間性も含めた全人的医療の提供。
そのための人材を育てて、地域医療を守るのも私たちの使命ですから。
はい、あの…教授…
どうしました?
今気づいたんですが…
シャツのボタン、かけ間違えています…。
さっそく、ありがとう。
では僕からもいいかな?
?…はい。
寝癖…、ついてますよ。
あ…。
…熱さの前に、僕はもっと慎重さを身につけなければいけないな…。