人生は、夢か、旅か。喩えるならどちらが妥当だろうか。
もちろんこの問いに正解などあるわけもなく、単に好みの問題にすぎないのだろう。
どちらも、行って帰ってくるものだ。記憶の友人であり、人生を動かすものだ。
両者に通じる点を挙げればキリがない。
僕が気に入っているのは、それについて話すとき、人は誰かに共通点を見出すということだ。
医局メンバーでバーベキューをするという話は、ほんの数日前に聞かされたのだが、
最近すっかり身につけつつあった気軽さでもって、僕も参加することにした。
ところが海辺へと向かうキャンピングカーの中で、
持ち前の人見知り癖をぶり返した僕は、どうにもばつが悪い時間を過ごしていた。
いつもと違った空間で、半数は知らない人たちと何か気の利いた話題で
盛り上がることができるかといえば、残念ながら否。
そんな社交性は持ち合わせていなかった。
置いていかれがちの話題のしっぽをつかむのが精いっぱい。寝たふりをしようかとも思った。
しかし、乗り切れない気分を悟られないよう、僕は努めて明るく振る舞うことにした。
そのうち間が持たなくなり、海辺へと向かうキャンピングカーの中で僕は、
『新入局員歓迎BBQのしおり』に落書きをしていた。
新メンバーの紹介欄には、
この春、ゲカイチに入局する先輩の名前が並んでいる。
伊口。川口。野口。
口という字が縦にそろっているのが、空欄を埋めるよう求められているようで可笑しくなり、
何の文字で埋めてやろうかと考えてみた。
しかし、たいしてよい考えは浮かばず、
結局は、すべての「口」の中に「十」の字を入れていった。
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あ、僕らの名前、変えちゃった? |
見つかってしまった恥ずかしさに、肩をすくめる。
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すいません… |
「いや、いいんだけどさ」と川口さんは怒った様子もなく、
「はじめまして、川田です!」と名乗って笑った。
「で、こちらが伊田くん、野田くん」と続け、クククと笑い声を押し殺す。
僕もつられて笑ってしまったところで、
半田先生が「おいおい、さっそく仲よさそうだな」と身を乗り出してきた。
僕は、いつものペースに巻き込まれはじめていた。
車内では、「人生は喩えるなら夢か旅か」という話題が流行した。
夢派が夢論を語り、旅派が旅論を語る。
予知夢の話や、旅の効用、学会でムンバイへ行った話など、ありとあらゆる持論が飛び交った。
この日もっとも饒舌だったのは、半田先生だった。
たとえば先生は、『スモーク』という映画の話をした。
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あの映画の脚本を読むと、ある男のTシャツにこう書かれてるんだよ。
“人生が夢なら、目覚めたらどうなる?” |
そう切り出すと、その一節についての解釈を、瞬きもせずに熱弁した。
(半田先生の学生、研修医への面倒見の良さは知っていたが、これほど情熱的な思想の持ち主とは知らなかった)
しかし話が佳境に差し掛かったそのとき、
江良井教授のケータイが鳴ったものだから、話は中断した。
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なんの話でしたっけ? |
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だからな、人生が夢を突き破ってだな・・ |
それもつかの間、今度は誰かのケータイが鳴る。
半田先生の話の勢いもどことなく失速し、徐々にトーンダウンした。
最後まで話すには話したが、それは山をただ登り、ただ降りただけだった。
先生は、「伝わんないかなー」とおどけ半分に嘆いて見せた。
たぶん、先生は映画の話がしたかったんじゃなく、
外科への情熱、進路選択の話がしたかったんだろう。
そのとき、車がトンネルを抜け、光が一気に視界を覆った。
わっと歓声があがる。
僕らの行く手には、五月の海が広がっていた。
しばらくのあいだ、海の向こうを僕は見つめた。
絶景は人をポジティブにする。
海辺の公園で、僕らはバーベキューを存分に楽しんだ。
日が落ちる頃には、すっかり僕は酔っぱらい、木陰で眠ってしまっていた。
若い3人の話声で目を覚ます。海風が僕の二の腕をずいぶんと冷やしていた。
聞こえてくる会話の断片からして、入局の決め手の話のようだった。
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はっきり言って、外科研修期間の前半は
全く外科に入るなんて考えてなかった・・・
ただ、森熊先生のトレーニング法に心打たれたんだ・・・
これなら、外科やって行けるかな!って |
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学術的な面でも自分の医療の幅を拡げたいと思ったんだよ |
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尊敬できる外科医の先生がいて |
僕は上着を取りにキャンピングカーの方へ歩き出した。 駐車場に敷かれた砂利を踏みしめて歩く。
はやるような気持ちになったのは、肌寒さのせいではない。
先輩たちの話が頭の中でリプレイされていた。
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…自己満足かなって気づいたわけ。
ちゃんと形に残せって前の病院の部長に言われたことが
少し分かった気がするんだよね。
手術だけじゃなくて、
術前の診断やら術後の全身管理やら外来フォローやら、
とにかく多岐に渡って診療してる姿を見てね。 |
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入局を決めたことを告白したら、
あの人ってば愛の告白でもされたように照れちゃってさ…。 |
1年先を歩く人たちの声は、自分が積み重ねている選択が、
着実に未来へとつながっていることを実感させた。
僕は1年後にどんな選択をしているのだろう。
歩くのに合わせて、砂利がザクザクとリズムを刻み、
夕暮れの海風が頬を撫でた。
キャンピングカーのすぐそばでは、
教授や喜例先生、半田先生らがアウトドアテーブルを囲んでいる。
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外科のよさ、面白さを正確に、深く伝えるために
何ができるかをずっと考えてますよ。 |
最初は、新人の入局についての話をしているのかなと思っていた。
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私たちの毎日って、伝えることが仕事みたいなところがありますよね。
臨床で手技、経験を後輩に伝えることもそうですし、 |
単に入局の話ではなく、仕事全体、外科医としての話だ。
教授が続ける。
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基礎研究、臨床研究、症例報告など自分が経験したこと、
患者さんから学んだことを明文化していくこともそうですね。
さらにいえば、それによって自分の医師・研究者としての存在が示されて、
外科医としての存在感を鹿児島にとどまらずに世界へ伝えていくことになる。 |
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それを思えば、教室名を『腫瘍制御学・消化器外科学』から
『消化器・乳腺甲状腺外科学』に改めたのは、象徴的ですね。
患者さんに解りやすく、
国内外に向けて容易に情報発信できることを目的にしているんですから。 |
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熱い想いを持って、伝えることに手を尽くしていきましょうよ。 |
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はい! |
みんなが一斉にこちらを振り向く。
しまった。
一生懸命、話を聞きすぎてしまったようだ。
顔が熱くなる。
その場にいたみんながどっと沸いた。