夏。高校野球。
球児たちの一挙手一投足に息を呑み、出身県の高校を応援する。一年で一番熱くて暑い季節。
母校の野球部が初めて甲子園の土を踏むことになった相変わらずのうだるような暑さだが、今日は蝉の声さえさわやかに感じる。
今年の夏は、一瞬たりとも目が離せない特別な夏になりそうだ。
あーなんだかウキウキしてる後ろ姿だなぁって思ったらやっぱり桐野くんか。
おめでとう。桐野くんのとこ甲子園出場決まったね。
ありがとうございます。
半田先生の出身校も行けそうな感じだったのに残念でしたね。
うちのところは常連強豪校があるから無理無理。
桐野くんのところは今年の前評判も高かったねぇ。
ええ、そうなんですよ!
今年のエースはすごい!超高校級だ!とOBたちの間でも、今年こそは、って。
春ごろから、かなり盛り上がっていたんですよね。
おや、なんだか熱いね。
まずはクールダウン、クールダウン。
医局のドアを開けながら、短畑先生たちが水滴のついたペットボトルを差し出しながら僕に微笑みかける。
桐野くん、高校球児だったんだっけ?
ええ!凸山先生これでも一応、甲子園を目指していました。 まあいつも2回戦止まりでしたけどね。
後輩たちが僕らの夢を叶えてくれたと思うと、なんだか熱くなっちゃって…。
う〜ん。高校野球て不思議だね。普段はほとんど意識していないけど、この時期だけ隠れてた母校愛とか郷土愛が溢れ出ちゃう
半田先生が、小鼻をひくつかせている。スポーツには一過言ある。ということ…なのだろうか?
今の高校野球って、ずいぶん進化したと思わない?
えっ進化ですか?
そうですね。
戦術や戦略、選手のメンタルも含めたコンデションづくりも重視されるようになって、一人の特出したスーパーエースだけでは勝ち進めない、チームプレイが重要ですものね。
そう、今私たちが進めているチーム医療も同じですね。
現代医療は、医師だけで行えるものではないですからね。
たしかに。執刀医をはじめ、麻酔医や看護師、放射線技師や臨床工学士など、医療チームの連携が求められますよね。
チーム医療というのは、何もオペ室の中のことだけではないんですよ。
患者さんが心身ともに健やか生活を送るためのサポート。
という医療本来の目的を持ったチームづくり。
ですよね。
医師や看護師だけではなく、薬剤師、管理栄養士、臨床検査技師、理学療法士、作業療法士、場合によっては、ケアマネージャーやソーシャルワーカーなど、患者さんの病状や状態に合わせて最適なチームを組んで医療にあたることが大切なんですよ。
とすると、チーム医療の監督は医師ですね?
あ、そうとも言えるね
医師の役割りは重大です。
以前は、何をするにも、「医師の指示のもと」「医師が遂行する」でしたが…
まさしく。半田先生の言う通りです。
現在では医療界でもタスクシェアが浸透してきて、これまで医師が行っていたことが、認定看護師や特定看護師、薬剤師、ME等に役割分担してもらうようになっています。
涼しげなピンクのシャツが似合う教授の、静かだけどよく通る声が医局の空気を変える。
ひとりひとりの患者さんに対し、各部署が役割をきちんと行う。
きちんとタスクシェアが行われることで、一部署の負担が重なることを防げます。
これは、働き方改革にもつながります。
できるだけ少ないエネルギーでよりクオリティの高い医療を提供できる。
と言うわけですね
そう。医師も患者もストレスを少なくすることができれば、よりよい医療提供への必要な進化が行われていると言うわけです。
働き方改革、無駄を省いて、仕事の集約化・効率化を目指す。
ゲカイチでも本格的に取り組んでいる活動です
あれっ?教授。今日はおやすみのはずでは?
ええ、もうすぐ研修医さんたちが専攻を決める時期だから、調べ物がありましてね。
ところで、桐野くんは自分の将来についてどう考えていますか?
大学に残って教授を目指す、勤務医としてさらにキャリアを積む、開業する、いろんな選択肢があるとは思うのですが‥‥ 正直迷ってます。
未来があるというのはいいね。
うん。どんな選択をするにせよ、チームを動かす判断力と人間性が一人前の医師には大事です。
そうですね。教授になればマネジメント能力が要求されるし、目的に合わせた適切なリーダーシップも必要ですからね
開業するにしても他の医療機関や地域との連携が求められますものね。
まさしく。
桐野くん。チーム医療における医師の役割で一番大切なことはなんだと思いますか?
リーダーシップですか?
たぶん…正解。これまでの先生たちの話、僕はちゃんと理解しているはずだ。
それも大事ですが…もっと基本的なことがあります。
基本…ですか?
なによりも大事なのはコミュニケーション能力なんですよ、結局。
もちろん医師としての知識やスキルは大切です。
だけど、それと同時に要求される『目的に向かってチームを進めるリーダーシップ』『チームを管理・運営するためのマネージメント力』。
これらの根本はコミュニケーションの重要性をわかっているか。なんです。
そうですね。医師も医療スタッフも、もちろん患者さんも。
目的の共有にはコミュニケーションが欠かせないですからね。
言い方。伝え方。場所。タイミング。回数。記録の取り方。
教える、やってみせる、やらせる…その全てに細やかな心配りをすることが、リーダー、いや果ては医師の役割だと。
そう言うことです。さて、よろしければ皆さん。今夜お時間がある方は私の家で、高校野球のダイジェストでも見ながら軽く親睦会でもいかがですか?
お、いいですね。久しぶりにやりましょう!
ありがとうございます!
あ、教授、これはゲカイチマネジメント力強化の一環ですか?
いえいえ。私も好きなんですよ。高校野球。
それに私が応援している学校の対戦校が次は桐野くんの出身校ですからね。
熱く語り合いたいところです(笑)
今年も夏が終わると、研修医が、所属する専門医を決定する時期を迎える。
大学病院といえど、優秀な新戦力が欲しいのはゲカイチも同様だ。高校野球よろしく、ほとんどの医療機関にとって本格的なスカウティングシーズンの開幕とも言えるだろう。
僕に外科の興味を持たせてくれたゲカイチの名スカウト『ハンター半田先生』の目に僕はどう見えているのだろう。