なんだか想像していたのと違い、大川先生の出身は福岡だった。
地元が同じだ。親近感が沸く。
なんでも研修医時代に離島体験実習のプログラムで離島医療を志したという大川先生。
さっきまでの景色や、人の交流や風の匂いを思い出せば
その選択の理由はなんとなくわかる気がする。
出逢ったばかりで、僕の簡単な自己紹介を済ますと、
僕はすぐに身を乗り出していろんな質問を立て続けに尋ねた。
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そんな大層なきっかけなんてないよ。 |
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母親の出身が奄美だったお陰で
子供の頃から島に遊びに来る機会も多く、
顔馴染みも大勢いたのが大きかったかもね。 |
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言ってみればここに来るほとんどの人が親戚のような感覚だからね。
それでも、
初めのうちは専門外の治療も多くて大変だったよ。
でもね、割とヒマなときも多いから。 |
それは思いも寄らぬ一言だった。
医師の人手不足や過酷な労働現場など、
TVドラマの裏側を想像していて僕にとって、その言葉は予想外だ。
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え?
すごく大変そうなイメージですけど |
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ああ、本土とは患者さんの総数が違うからね。
もちろん日によってマチマチだけど、
午前の診察でほとんどの仕事が終わってしまうこともあるからね。 |
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島じゃ(自分の)専門外の分野も
しっかりと診なければならないから、
その分、治療の過程や症状の状況もよく把握出来て、
スムーズに進むんだ。 |
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なるほど、そう言われればそうですね。
じゃあ、設備の面で不都合な部分とかないんですか? |
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CTやMR、血管造影や放射線治療等、
都会で行う医療機器もすべて揃っていて内地の病院とそう変わらないよ。
それに治療方針や画像読影で困ったときも、
専門医からのアドバイスはタイムリーに受けられるし、
ネットを利用しての画像支援システムもある。
その点においても「島だから」といいわけをすることはないね。 |
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手術するときも専門性の高い場合は、
前もって大学に連絡すれば専門の先生の支援も得られるしね。 |
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そうすれば島の若手医師への教育にもなり、
お互い非常に助かるというわけ。
お陰で空いた時間に専門外の勉強をしたり書類の整理をしたり、
書類の整理をしたり…。
趣味の釣りを楽しむ時間も充分に取れる。 |
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ま、本土の先生の中には僕のことを
“島流しの大川”と
呼ぶ人もいるが、
悪くないよ。島流しも。笑 |
大川先生の表情は終始生き生きとしていて、医者としての自信とあふれる充実感で輝いて見えた。
その時、部屋の隅で退屈そうに身を持て余していたおじいさんが口を開いた。
おじいさん
「…先生、ちょっといいかい?」
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あ、待たせてしまってすみません。 |
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ちょっと待ってな。 |
と僕に日焼けした笑顔を見せると、おじいさんと一緒に隣りの診察室へ入る。
おじいさんは身体の具合だけではなく、孫の話や、近所で起きた最近の出来事を、
笑い声も交えながら楽しそうに大川先生に語っていた。
島の人々の人間味の豊さは勿論、景色や気候、医者同士のコミュニティなどなど、
快適に思える離島の“現実”は何だかとても魅力的に思えてきた。
自分もいつか…。
この島で大川先生のように患者さんと接している姿を想像すると、
それも悪くないなと表情が緩む。
その時、大川先生が扉から顔をのぞかせて
「ところで、桐野くん、釣りは好きかい?」
と言った。
何年ぶりだろうな、釣りをするのは。
実は何年も竿を持ったことはないけど「はい!好きです!」と答えた。
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最近見つけた穴場があるんだ。
ひと仕事終わったらあとで行こうか! |
嬉しそうににやりとした。
たぶん、今夜はおいしい魚料理をいただけそうだ。
おじいさんが、
「お、先生。今日は大宴会やな!」
と笑った。