約11時間の船旅を終えて港に着いたのは午前5時。
空は晴れてないが、やはりここは暖かい。
船から降りても体に残った揺れの感覚が抜けない、
休憩も兼ねてフェリーターミナルにある古ぼけた食堂で朝食をとることにした。
注文後すぐに、うどんを運んで来てくれたおばさんの人懐っこい笑顔がこの島の陽気さを物語っている。
「ドラマには描かれていない医療の現実を見ておくことは将来の自分にとって大切なことだ」
と半田先生は言う。
ということで、年末の休みに予定のなかった僕は、
半田先生から紹介された、離島医師の大川先生の住む常夏の奄美大島で過ごすことにしたのだ。
医師の人手不足や、過酷な労働環境、重傷患者に対する施術の限界などなど、島ならではの深刻な問題…。
大川先生は研修医時代の研修で離島実習を契機に離島医療へ興味がわき、縁もゆかりもない島へ移り住んだ。
とのことだが大川先生の言葉と現実に、僕は何を学べるのだろうか。
バスの始発までまだ時間があった。
意外とうまい朝食セットのコーヒーをのんでいる間、
半田先生から預かった大川先生のプロフィールや病院の地図、
その他離島医療の資料を机に並べて目を通す。
大川先生の写真に気付いた食堂のおばさんが話しかけてきた。
「あら、先生のお知り合いなの?」
ええ、これから会いに行くところです、
先生を知ってるんですか?
「知ってるも何も、この島のみんなが先生のことを信頼してるからね。
こないだも孫が風邪で先生に診てもらったのよ。たいしたことはなかったけどね。
おばちゃんだけじゃなく、先生とこに行くのなら、よろしく。っていっといて」
「わかりました」と
眠たい笑顔のままうなずきながらお代を支払い、朝日の見え始めた外に向かう。
島の冷たくて新鮮な空気を胸いっぱい吸い込んで、
思い切り吐き出すと始発のバスがやって来た。意外と新しい車両だ。
バスの中でぼんやりと資料を眺めていると、
今度は後ろの席に居たおじいさんから話しかける。
「先生んとこか?」
聞くところによると、おじいさんは2週間に一度大川先生に診てもらっている。
とのこと。
どうやらそれはおじいさんにとって楽しみの一つであるらしく、
目的地に着くまでの間、まるでピクニックをしているように延々と、
嬉しそうに先生のことを語ってくれた。
バスを降りるときに運転手さんからも
「先生のとこに行くの?宜しく伝えておいて」と言われた。
僕の代わりにおじいさんが「わかった!」と答える。
僕も運転手さんも笑った。
小高い丘の上にあるバス停から
大川先生の病院までは徒歩で20分。
僕の前を行くおじいさんと、
朝陽に照らされた畑の中で作業をする島の方々の
「おはよう!先生に宜しく!」
「おはよう!わかった!」
というやりとりの連続を眺めながら、
“その場”の可笑しさと、
先生に対する皆の愛情に似た信頼感に、心が踊るのを感じる。
山の奥から聞きなれない綺麗な鳥の声も聞こえて僕の高揚に拍車が掛かる。
しばらく進むと視界の開けた場所に出て、
朝の太陽が浮かぶ透き通った海が眼下に広がる。
まさに楽園と呼ぶのに相応しい風景。
海から吹く風を全身で受けると、
こんなに素晴らしい場所で働いている大川先生のことが羨ましく思えた。
もちろん、島には島の苦労や問題点もあるはずだが、
この環境に比べれば、それらも大したことないように思える。
その時、
おーい!桐野くんかい!
「大川先生!おはよう!」おじいさんが元気良く言葉を返す。
この人が、大川先生か。
意外と若い。
これは、身のある休暇になりそうだ。