鹿児島大学大学院 医歯学総合研究科 先進治療科学専攻 外科学講座 消化器外科学
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ゲカイチ

Vol.96

ー 医療ロボットは手術の夢を見るか ー

 

 

 

はぁ…日本…ってどうなんですかね…



 

時間はもうすぐ昼時、午後のセミナーのために、朝から膨大な資料を整理している時、思わず漏れた僕の言葉に、研究室がどよめく。


 

え、どうしたの?具合が悪いの?



裏返った声で聞いたのは入局したばかりの吉走先生だ。


 

『僕って、どうなんですかね?』じゃなくて…日本!?



 

続いて、同じく入局したばかりの川際先生が、なんだか困った顔でこちらを向く。




今日の悩みはテーマがでかいんだね…



 

「ウンウン。大丈夫だよ」といった感じで、僕の肩に手を置いて、隣に座ったのは、吉走先生、川際先生と同時に入局した銀屋先生だ。




 

確認するけど、『日本』の話でいいんだよね?




ええ…そうですけど。なにか?




えっ?…




だってこの資料みてくださいよ!



 

おもむろに整理している資料を3人に見せる。
そこには、日本の医療業界の状況がデータで記されている。
「日本の医療は世界トップレベルである」というのが多くの日本人のイメージだが、データによると実際は悲惨な状況になっていた。


 

えーと…日本で最大の医薬品メーカーは、2013年度で世界ランキング16位。トップ10には入っていないのね。
トップは、米国の製薬会社で日本のトップメーカーの3.5倍の規模。と書いてあるね…。




ん〜、医療機器メーカーでも、日本の企業が20位(2014年度)にかろうじて入っているという状況だね。
その額、トップメーカーの10分の1か…




つまり、先進国のイメージがある日本の医療を支えているのは、欧米企業であるというわけか…。

えー、厚生労働省が公表している約40兆円。内訳を見ると…単純計算で…そのうちおよそ12兆円の薬剤費と医療機器費のほとんどが、輸入製品に頼っているという計算になるね。




改めてデータで見ると、複雑な気分ね…




日本はもう技術大国じゃなくなったんでしょうか…。

例えば、手術支援ロボットです…
国産のロボット『hinotori』が完成しましたが、2020年にやっと製造販売承認。
『ダビンチ』が開発されて20年近くも遅れている状況なんですよ!


 

 『hinotori』は2015年より開発が始まった国産初の手術支援ロボットだ。
『ダビンチ』についてはニュースでも度々取り上げられているので知っている人も多いだろう。
手術支援ロボットでは世界で大きなシェアを占めている。




 

そもそもなぜ手術支援ロボットが導入が必要か?
大きくいうと、むずかしい技術が求められる手術環境の改善だよね。

例えば内視鏡手術。内視鏡を操作する医師と執刀医の『完璧なチームワーク』に『高い技術』…。
その習熟には非常に時間がかかるわけで、そうなると患者が適切な手術を受けられるチャンスはおのずと限られてくる。




…そのようなことから、より確実で安全な治療の増加を求めて、手術をサポートするロボットは今ではなくてはならないものとなりつつある。

…たしかに、医療用ロボットでは、9割のシェアがアメリカという状況で、これまで日本では、ただちに命にかかわる技術というリスクの高さから、研究止まりで実用・商品化には至っていなかった。
これは残念と言わざるを言えないね。




……それを解消するかのように『hinotori』は先発のダビンチの問題点を解消して、たくさんの病院で導入されるよう、承認後も引き続き熱心な開発が行われているのね…。




えぇ、これぞまさに日本の技術を集めたマシンですから!




ん〜、これはね…技術とかそれだけの問題ではないんだ…




教授!…というと?




確かにダヴィンチは2009年に日本で認可されてから、約450台以上が導入されている。日本でもシェアを独占しているかのようなダビンチだけど、必ずしもスタンダードというわけではないんだ…。

 手術件数の多い『高度急性期病院』が日本には約1800あってね…。
そのトップ500に限定すれば導入率は約80%だけど、実は『高度急性期病院全体』で見れば約20%に過ぎない。




そうなんですか…




その理由として、まずはコスト。
これまでの導入例でいうなら、ダヴィンチのモデル『Xi』の販売価格は約3億円、廉価版と言われる『X』でも約2億円。
そして、その維持費が『Xi』『X』ともに年間約1000万~2000万円くらいになる。輸入関税や日本拠点の人件費などものせられているからね






一台でその金額ですか…




次に物理的な問題。
ダビンチは米国の現場を想定して開発されているからロボットアームも大きく、小柄な日本人の患者の手術ではアーム同士が干渉する場合もある。
そして操縦部分はヘリコプターのコクピットほどの広さ。
狭い日本の病院だと、その他の手術室の稼働率に影響するというわけです。




導入されているわりに稼働が少ない。
これは、よくニュースでもいわれていますね。




うん。そして最後は…日本の医療報酬制度によるものです。
公的保険を使った治療がメインの日本では、診療報酬が病院の経営を左右します。ロボット手術による加算が付かないなら、従来の術法である腹腔鏡手術や開腹手術のほうが病院側からすれば経済的。という判断になるよね。

今では、先の診療報酬改定でロボット手術に保険が適用される手術も増えていますが、それまで保険が効かない手術も多くて、使用される機会が限られていたから、日本のロボット手術の知見がたまりにくかったという現状があります。




稼働率と導入率が低いのにはそういう理由もあるんですね…。
それでは経験値がためにくいから、フィードバックもしにくいですね




そう、つまりいろんな環境が日本の医療技術の進歩を妨げている。ということも言える




逆にいうと、必ずしも日本の技術はまだ終わってる。とは言えないわけですよね




そうですよね!
あ、『hinotori』には「ネットワークサポートシステム」が標準装備で、AIでアームの動きを記録することもできるんですよね?
医師の手術操作を学習し、自動化も目指していると聞いてます!




そうなると、将来5G・6G(第5・6世代)移動通信システムを活用しした遠隔手術ができますね。




うむ。今までは熟練した医師がいるかいないかで、患者さんが受けられる医療に差が出る場面があったけど、これからは地方の若手のお医者さんが執刀することになっても、熟練した先生が遠隔支援をしてその差は埋まっていくことは考えられるね。




あ、でもそのAIってGoogleの親会社が参画しようとしていると聞きました…。
う〜んGAFAのハードル高いな…




よく知っているね。でも大丈夫。
もちろん日本でもスタートアップ企業が中心になって、大事な部分の開発が世界的に注目されているよ。




というと…?




手術で大事なこと。『触覚』です。
東京医科歯科大学発のベンチャー企業が空気圧駆動の技術を活用した「力覚フィードバック」で、臓器をつかむ感触を手術者の手元に再現する技術を開発しています。

手技練習でもわかるように、人体や患部に器具が触れた時の感覚はとても重要ですからね。




…となると…、今までロボット手術では表現できなかった触感が再現できれば、若手の外科医の成長率を大幅に短縮させることもできますね!




はい。近い将来革新的なデバイスの登場で、VRやARを用いたトレーニングも可能になるでしょう。




そのうち、医師はソフトウェアのメンテナンスだけで、AIが完全に手術をする未来とか…




さらには、画像診断や、病理検査も。
いや外科だけでなく、内科の診察自体もAIが判断するようになったり…




となると、医師不足も解消できますね!




いえ…もしかしたら、桐野くんの時代には、逆に医師過剰になるかもしれません…ピンチかもしれませんよ?




えっ…?それは嫌です…!




ふふ…。日本を心配するなら、広い視点を持つことです。
なんのために勉強するのか、なんのために治療するのか。
決して現状に満足しないこと。考えることをやめないこと。

そして医学の世界だけに止まらず、たくさんの人とあってたくさんの知見を広めることです




確かに…。
医者だけでは、ロボット開発なんてできなかったですものね…。




どの国にも、どの業界にも好調不調の波はあります。
負けないでください。慢心・油断せずにオンもオフも常にアンテナを張っていてください。

外科医は、感性が大事です。
どんなことでも一生懸命に取り組んだ経験が本質を見抜く力となり、周りの世界を幸せにする。私はそう思っていますよ。




ハイ!




…おつかれさま…。あれ?どうしたの?みんなキラキラしてるね




ええ。世界を幸せにする作業に取り組んでいます!




ふふ…。半田先生、いつもの『桐野AI』のメンテナンスですよ(笑)




 

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