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    何でもできるオールラウンダーへ。

     令和3年度入局の鉾之原健太郎と申します。

    なぜ外科医を志したか?と、
    これまでの私の人生について述べさせていただきます。


     

    なぜ外科医を志したか?


     阿久根市で外科医をしていた祖父の影響が一番強いです。
    幼少期に祖父を病気で亡くしましたが、祖父が手術をして元気に暮らしている患者さんに
    「おじいちゃんは立派な外科医だったんだよ。」「命を救ってもらったんだよ。」
    と言われながら育ちました。

     自らの手で病気の患者さんを治すことが出来る(可能性がある)外科医に子供ながらに憧れていました。
    気が付くと、外科医になるために医学部に行こうと考えていました。




    これまでの人生


     鹿児島県鹿児島市で高校生まで過ごしました。大阪大学医学部に入学し、部活はゴルフ部に所属しました。
    ゴルフはゼロからのスタートでしたが、一生懸命練習して個人入賞できるまでになりました(Hcp 最高4)

    入賞に満足の顔


     阪大在学中に運命の出会いがありました。

    消化器外科教授に森正樹先生(現東海大学医学部長、日本外科学会理事長)が着任され、
    「目の前の患者を助ける外科医も大切だが、未来の何千・何万もの患者を助ける研究も大切だ。」
    というお話を聞き、
    臨床・研究、どちらも一流の消化器外科医を育成したいという熱い思いに惹かれ、消化器外科を志すことにしました。






    外科医としての基礎を築いた研修時代。

     

     大学卒業後、市立豊中病院という阪大の関連病院で初期研修、後期研修の5年間を過ごしました。
    非常に手術数が多く、特に当時は大腸癌手術を年間250例ほど行っている病院でしたので、その影響で大腸外科を志望しました。
    私の外科医としての基礎はここにあります。





    大変だけど、貴重な経験。


     6年目、厚生労働省に出向しました。
    国の「がん医療専門官」として、がん政策全般に携わりました。
    特に「がんゲノム医療」のスキームをゼロから構築するメンバーであったことは非常に大変でしたが貴重な経験でした。
    1年半勤務した後、阪大で学位を取得しました。


    政策に関われたのは貴重な経験でした。




     10年目は恩師の森正樹先生にお声がけいただき、九州大学第二外科で勤務させて頂きました。
    消化管外科として、手術のみならず補助化学療法や遠隔医療、ctDNA研究など最先端の研究を垣間見ることが出来ました。

     そして、令和3年度から鹿児島大学消化器・乳腺甲状腺外科に入局させていただきました。
    鹿児島大学の先生方と一緒に仕事をしていて感じることは、
    鹿児島大学の先生方は何でもできるオールラウンダーだな、ということです。

     これまで都市部で仕事をしてきましたが、分野が細分化されその分野に非常に特化しています。
    一般的な緊急手術は救急医が行うし、ICUは専従医が担当してくれますので、ある意味任せてしまいます。
    鹿児島大学の外科医のようなオールラウンダーこそ、地域医療に必要とされている人材ではないでしょうか。

     このように何でもできる外科医を目指したい方は、是非我々の医局の門を叩いてみてください。
    心から歓迎いたします。





    2021-12-02 00:59:22

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