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    誰かの生き方に寄り添って手助けをする。そんな生き方。

     2021年度に入局しました黒島直樹と申します。
    もともと鹿児島出身で、平成20年(2008年)に長崎大学を卒業し、卒後は長崎医療センターで2年研修後、長崎大学移植消化器外科に入局していました。
    今年で40歳になりますが、残りの人生を故郷に捧げようと、鹿児島大学に入局させていただきました。

    愛する子供とのワンショット



     

    「私が外科に決めた理由」。


     僕の父は外科医でした。それが外科医になった理由、、、ではありません。
     子供の頃は「お医者さんの息子」と言われる事がコンプレックスだったり、小学生の頃から単身赴任のため、ほぼ家にいない父とは週に1日しか会わない生活で、
     父からは「お前も医者になったら、自分の子供にも同じような思いをさせてしまうかもな。」と、
    むしろ医者を勧められる事は一度もなかったので、自分の中では医者になる選択肢が全くないまま、なんとなく高校に通っていました。
    そんな中、高校生までの僕が父以上に一緒に時間を過ごした祖父が亡くなった時、医者になりたい、という気持ちが自分の中に芽生えました。

     志すのも遅く、大学受験で2浪し、長崎大学医学部に入学となったのが20歳でした。
    医学を勉強し、実習で各科を回っていく中で、手術室で消化管の手術を見た時の、あの外科医たちの阿吽の呼吸の動き、チームな感じを見て、僕も外科医になりたい、と思ったのを覚えています。
     医師免許を取得し、研修医となって実際に医師として各科を回りながら働き始めた時、外科医になりたいという気持ちに一旦フンワリと薄めのカバーをかけ、フラットな気持ちで自分は何科になりたいんだろう、と、学生時代の目線とは別に、働きながら自分のなりたい科を見つめた時に、やはり外科医になりたいと思い、外科の道に進みました。


     

    故郷へ恩返しをしたい


     研修医明けの3年目以降をどこで過ごすか、となった時に、故郷の鹿児島に帰るという選択肢も自分の中で一瞬頭をよぎりましたが、あの「医者になりたい」と日々思いながら大学受験浪人をしていた僕を拾ってくれた長崎に恩返しをしたいと、長崎で外科医になる事に決めました。
    卒業後の12年を長崎で過ごし、40歳となる今年、今度は僕を育ててくれた故郷へ恩返しをしたいと、鹿児島に帰ってきました。



     

    君が生きる道が見つかる科


     このコラムのコーナーを読んでいる人は、進路に悩む学生だったり、進む科に迷っている研修医だったりするのでしょうか。僕が思う外科の良いところは、きっと君が生きる道が見つかる科、という所だと思います。

     手先が器用な人、人一倍努力家の人は、トップナイフとして、人に一目置かれ、頼られる、優秀な外科医になるでしょう。

     癌が苦手と思う人は、鼠径ヘルニアや胆石や痔核など、命には関わらないかもしれないけどその人が日常生活で本当に困っている事を解決するのに役立つ外科医を目指す事もできるでしょう。

     目立つ場所で活躍するのが苦手だけど誰かの役に立ちたいと思う人は、手術の助手でうまく立ち回り、黒子に徹していても「なんか君と手術をするとスムーズに事が運ぶし、心地よい」と執刀医に感じさせる事ができるでしょう。

     手術が苦手、手先を使う事が苦手、だけど癌に関わりたい、と思う人は、
    研究を通して、手術で病気を治す数とは比較にならない数の患者さんを救えるかもしれないし、抗癌剤治療医として、副作用と闘う患者さんの声を聞きながら微調整をして、患者さんがより良い残された時間を過ごすのに貢献できるでしょう。

     これら全部をやってのけるスーパー外科医もいれば、どれかに専念する外科医もいて、でも、みんな同じ「外科医」だと思います。
     外科医になれば、思っていた以上に選択肢がありますし、その多種多様な選択肢の中で、きっと自分の中で「これが僕の生きる道」と言えるものが見つかるような気がします。僕自身、見つかった気がします。



     

    一期一会の大切さと面白さ


     人生は旅路のようなもの、と、古くから言われているのは、そうなのかもしれません。
    大学生の頃、自転車で国内を旅したり、バックパックを背負ってヨーロッパや南米を放浪したりしました。
     国内自転車の旅ではずっと野宿、海外の旅では行きと帰りの飛行機券だけ買って、現地を3週間ほど、一日一日違う場所、違う宿や時には野宿で、放浪してみました。
     その時に様々なバックグラウンド、国、言語の異なる人と出会い、一期一会の大切さと面白さを学んだ気がします。

    自転車の旅。原爆ドームの前で



    放浪しながら出会った仲間たち




     今日会う急患さんと会うのは今日が最後かもしれません。
    今の病院で診ている患者さんと一年後も話している確証もありません。
    外科の仕事にゴールや終着点はないかもしれません。

     じゃあ、外科医を選ばなければよかったか?
    わずか10数年の外科人生ですが、そんな事を思った事は一度もありません。
     外科医というものは、仕事というより、生き方のように感じます。
    手術で一発で治す日もあれば、手術の結果関係なく、癌が再発して、根治が望めなくともその人の残りの人生がより良いものになるよう寄り添っていく日々もあります。それら全部ひっくるめて、外科医という生き方。



     

    外科って、おもしろそうじゃない?


     「私が外科に決めた理由」。
    きっかけは手術室の無影灯の下で懸命に手を動かす外科医の姿に憧れた事ですが、今では「私が外科医を辞めたいと思わない理由」が積み重なっていく日々です。
     後悔があるとしたら、そのような話を父とできなかった事でしょうか。
    過去の自分に何か言えるとしたら、「外科医を選ぶお前の選択肢は間違ってないぞ!」という事と、
    「患者さんを大切に思うのと同じくらい、家族も大切にしろよ」という事かと思います。
     家族は大切に。日々、病める人と向き合っていながら、誰かの最期を看取りながら、なぜ自分の家族はいつまでも元気だと錯覚していたのでしょうか。その後悔が、今の仕事に活きているような気がします。

     ケガで夜間救急外来に来た一期一会の人に、別れ際に「癌がでてきてもおかしくない年齢ですから、検診も忘れず受けてくださいね。」と一言かける。

     抗癌剤のスケジュールを変える事を医者に言えないで、子供の運動会を休もうとしている人には、何のための治療か、自分が生きているうちにしたいこと、家族と過ごす時間を少しでも延ばすための治療であることをリマインドして、少し日程調整をする、など。
    手術手技だけでなく、誰かの生き方に寄り添って手助けをする、そんな生き方。

     どうです?外科って、おもしろそうじゃない?
     外科に興味があるけど外科に進もうか迷っている人、外科ってなんかきつそうだけど自分にやれるだろうかと思っている人が、もしこれを読んでいたら、だいじょうぶ。外科の仕事って、ひとりじゃないし、その時、その場所で組んだチームで、一つの目標に向かって協力しあってく仕事で、なんとかなる。
     だから、外科医になって、いつか、どこかで、一緒に働いてみよう。
     手術が終わったら、(コロナ禍が明けていたら)飲んで、飯食って、酔った勢いにでも、「あなたが外科を選んだ理由」を聞かせてください。


     

     

     

     

     

     

     

     

     

     

     

     

    2021-10-26 05:07:56

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