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  • ショートストーリー「ゲカイチ」
  •  ゲカイチヘッダ
    戒め。医師として、人間として。







     

    さ、さむい…。
    というか、冷たい。顔が、い、いたい…!







     

     正月休みを抜けて、年を越してはじめての研究所。
    いよいよ本格的な寒風が、丘の上、鹿児島大学病院に、容赦なく吹きすさぶ。
     年明けの合コン…もとい、同期との勉強会用に、と予約注文までした
    『あまりあたたかくないけどかっこいいダウン』は、今年は役に立ちそうにない…。

     冬の澄んだ空に、丘の上からくっきり見える桜島が
    『寒さに負けるなよ』なんて言っているようで、なんだかまぶしい…。

     コロナ禍でまだまだ大変な状況が続く中、地域医療への安心感が揺らいでいると言われているが、
    きのう見たニュースでは、
    『地域に根差して信頼されている病院では、患者さんの数は減っていない』
    と言っていたのを思い出す。
     医者の役割はいつの時代だって同じ。
    今だからこそ、やらなきゃいけないことがいっぱいある…。







     

    …国やぶれて山河あり。か…






     

    おっ、唐の詩人、杜甫の『春望』ね。

    『戦乱で都が滅ぼされても、山や川などの自然は変わらない姿で存在している』
    …世の中の目まぐるしい変化と、 ありのまま存在し続ける自然が対比された歌ね。

     本来は、占領された都に閉じ込められた杜甫が、
    その時の不安と離れた家族や仲間への思いを歌った詩らしいけど、

    今のコロナ禍で見直されている、人のつながりや思いに対比させるなんて…
    桐野くん、意外と博識なんだね。









     

     有名な漢詩だが、これもみんなの前で披露したら、頭良さそうでかっこいいかな。
    と半田先生に頼み込んで詩の文面だけ教えてもらったのだが、

    やはりゲカイチの先輩たちは学が深い…。








     

    あ、えっと…ありがとうございます…。
    最近、漢詩にはまってて…。
    なるほど、そんな意味があったなんて…、
    濱畑先生、漢詩にくわしいんですね。






     

    ぼくらは『原目先生』の病院の当直メンバーだからね。






     

    あ、高留先生、太井先生。
    …『原目先生』というと…?






     

    うん、原目外科の原目要先生。
    『医は仁術なり』を地でいく先生だったよ。
    そうだよね、太井先生。






     

    全くだね。高留先生。
    …94歳とはいえ、亡くなられたのが非常に惜しいよ…






     

    『医は仁術』な先生と言えば、
    文化勲章を受賞した日野原先生が有名だけど、
    鹿児島にもそんな先生がいたのよ。






     

    それが、
    霧島神宮のおひざ元は原目外科、院長の原目要先生。
    とてもやさしい先生だった…。






     

    学生時代は乗馬をしていて、
    国体に出場するほどの腕前だったんだよ。






     

    親子三代にわたって診てもらってます。
    っていう家族もいるくらい、
    地域にとけこみ、信頼されている先生だったの。






     

    なんというか…霧島神宮にお参りに行くように、
    『原目要先生に会いに行く』そんな患者さんでいっぱい。
    原目外科に当直の時はいつもそう感じたよ。






     

    先生の思いが病院全体に行き渡っている感じだったよね。
    いつもアットホームな雰囲気だもん。






     

    僕らの指導にも熱心で、
    ゲカイチでいい話があると、
    まるで父親のように喜んでくれたんだよ…。

    本当に惜しいなぁ…。





     

    そんな先生が…
    僕もお会いしたかったです…。

    あ…そう言えば、
    先生たちは漢詩に詳しいって…






     

    うん、原目先生の影響でね。
    はじめは富士川游という医学者が書いた、
    『医箴書:医師としての戒め』。
    という医師としての生き方を説いた漢詩をいただいたんだ。






     

    …『凡そ医は、人の死生の際に処する者なれば、
    即ち須らく務めて勢利と栄名とを顧みず、
    慈悲を心と為し、普く含霊の疾苦を救うべし。』

    医師は人の死生に身をおく者だから、
    利益や名誉、出世をかえりみず、
    慈悲の心で病人の苦しみを救うべき。
    という意味だよ。






     

    『誠敬を以て体と為し、威儀(いぎ)を以て用と為し、
    廉潔謙遜(れんけつけんそん)の
    諸徳兼備(しょとくけんび)して
    始めて済生恵人の業を世に施すを得べし。』

    ……真心で相手を慎み敬いなさい。
    謙遜し、人徳を備えて初めて、人の命を救い、
    恵みを与える医業を行える。
    という意味よ。






     

    『医の病者に臨むや、
    常に宜しく慎密なるべく宜しく疎放なる可からず、
    而して中に又一段の勇決明断の処なかるべからざるなり。』

    ……医師として病人に向かう場合は、
    いつも親しみを持って、粗略に扱ってはいけない。
    そして親密さの中にも、勇気をもって決断すべき。
    という意味だね。






     

    『医師の其の術を行ずるや、
    細事と雖も必ず用意周到を期すべく、
    以て其の学ぶ所を施し、
    知る所を試みて遺憾なからしむべし。』




     

    これはわかります!
    医師として診察、治療の際はどんなことでも用意周到に、
    心残りがないように、知りえた医療を十分に行いなさい。
    という意味ですよね!






     

    さすがね。
    私、毎朝病棟に行く前に、
    この漢詩を見て気持を整えるようにしているの。






     

    僕もだよ。なくなった原目先生が
    『医師としてどのように患者さんと向き合うべきか。
    日々初心にかえり、真摯に取り組みなさい』
    って言っているように感じるんだ。






     

    …なるほど…、教室互訓の
    『1.人格を磨く 2.医道を極める 3.社会に貢献する 
    4.後進を育成する 5.組織力を高める』

    にもつながりますね。大事にしていきたい教えです。






     

    教授…!






     

    須子井教授の信念、
    『温故知新』『惻隠の情』にもつながってますね。






     

    なんだか…『武士道』みたいですね…






     

    その通り。知識や技術だけに頼りすぎず、
    『感性』『美意識』を高める。
    その心構えが、医者にとって非常に重要なんです。






     

    新型コロナの影響で、
    リモート診療、オンラインでの学会…、リアルでの対面は減って、
    今ではネットを使ったコミュニケーションが増えた…






     

    遺伝子診断に基づいた癌の治療、Robotic surgery…、
    外科を取り巻く状況も、日々進歩しているよね。






     

    そんな風に世の中のさまざまな状況が変わっても、
    人間としての心構え、道徳をベースに考えて…






     

    そう…『これでいいのか』といつも考えて日々行動すること。
    これが一人の人間として、医師として大事な心構えです。






     

    ですね!
    僕も常にそういう風に考えています!






     

    …なるほど…
    『なんでもいいからカッコいい言葉を教えてください』
    って僕に頼み込んだ人の言葉とは思えないな…






     

    え、半田先生…!あ…






     

    まあまあ…、
    何事もきっかけは大事です。
    これで桐野くんも大事なことを学ぶことができたわけですから(笑)






     

    はい!医師として、
    もっとカッコいい言葉を学ぶことができました!






     

    …桐野くん…。






     

    ハハハ(笑)
    ちゃんと実践もしてくれると嬉しいですけどね。






     

    もちろんです!






     

     





     

    ゲカイチフッタ

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