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    外科に興味はあるけど迷っている学生・研修医の方々へ

    はじめまして。2016年度新入局の濵田由紀(はまだゆうき)と申します。
    今回担当させていただくにあたり、何を書けばよいかあれこれ考えてみたのですが、全く思いつかなかったので、これまでのことを振り返ってみました。
     読んでくださる皆様のお役に立てるとは思えませんが、もしかしたら外科に興味はあるけど迷っている学生・研修医の方々、中でも私と同じように鹿児島県外で在学中・研修中だけど、鹿児島に帰りたいとちょっとでも考えている方には何かの足しにはなるかもしれません。とりとめのない文章ではありますが、お付き合い頂けたら幸いです。





     では早速。
    鹿児島生まれの鹿児島育ちです。両親共働きで、さらに母が看護師だったので、幼いころから農家の祖父母の家によく預けられていました。
     その度によく祖父母の飼う牛と遊んだり(子牛を驚かせて母牛を怒らせて祖父に叱られたり、大人の牛をからかって怒った牛から唾を吐きかけられたりしていました)、野良猫を捕まえたりしていたこともあり、高校入学の頃まではずっと将来は獣医師になって、鹿児島で畜産や農業関係の仕事に就きたいなと思っていました。
     しかし3年生になって、志望大学を考えなければならなくなり、自分の進路について突き詰めて考えてみた結果、あまり動物が好きでないことに気づいたので、獣医師は断念し、看護師の母の影響もあり医師になることに決めました

     大学は琉球大学医学部に進学しました。
     学生時代は呼吸器外科や消化器外科での実習が楽しくて、外科にとても惹かれてはいましたが、憧れる気持ちより自分じゃだめだろうなという気持ちが強く、まだ決めることはできませんでした。
     何とか国家試験に合格して、初期研修は佐賀県の嬉野医療センターでお世話になりました。
     嬉野では、外科を始め、循環器内科、消化器内科、呼吸器内科、放射線科、糖尿病内科、膠原病内科、救急救命科、麻酔科とたくさんの科で研修し、科や職種の垣根を越えて、たくさんの先生やコメディカルの人たちに熱心に指導してもらい、一緒に働くことができてかけがえのない2年間を送ることができました。

     嬉野での研修中も進路をどうするのかずっと迷っていました。
     研修する科が替わる度に、「この科もいいなあ」と選択肢が増えてしまい、全く決められませんでした。しかし、研修も2年目に入り、毎日色々な疾患を抱える様々な患者さん、特にたくさんの高齢の患者さんを指導医の先生と一緒に担当させてもらい、経験する中で、何となく「こんな患者さんを診ていきたいな」というものが段々と固まっていきました。それは「腫瘍の患者さん」と「近い将来死んでしまう患者さん」でした。

     腫瘍に苦しむ患者さんを診断から治療、治癒、場合によっては終末期まで診たいという気持ちと、腫瘍や呼吸不全、重症心不全などで死期の迫った患者さんがよりよく死ぬことができるようにしたいという気持ちは、優柔不断な私の中では割合しっかりしていたものでした。
     そこで、この2つが重なる分野を考えてみた結果、腫瘍の治療に手術は欠かせないとやっぱり外科になってしまいました。また、高校卒業後から県外に出ていましたが、ずっと将来は鹿児島で働きたいと思っていたので、鹿児島で外科医になると決めて、鹿児島大学第一外科に入局をお願いすることになったのでした。

    2015年10月に一外科に入局をお願いしてから、2016年4月に実際に大学病院で働き始めるまでは、本当に不安と不安と不安でいっぱいでした。
     他大学卒で初期研修も他県でしていて、さらに対人能力が地を這っている私は果たして受け入れてもらえるだろうか、同期となじめなかったらどうしよう、佐賀に残ればよかったなんて後悔することになったら、、、と考えれば尽きないほどでした。でもそれは正しく杞憂でした。
     本当に拍子抜けするほどに、夏越先生をはじめとして一外科の先生方は皆気さくに私に声をかけて、熱く指導してくださいました。入局して少し経った頃、ある先生が、「ちゃんと育てるから」と言葉をかけてくださったのがすごく嬉しかったことを覚えています。そして二人の同期は分からないことの多い私をすごく気にかけてくれて、これまでに何度となく助けて貰っています。







     入局してから9か月、失敗の多い私は落ち込んだり悩んだりすることも多いですが、人間関係に悩んだり鹿児島に帰ってきたことを後悔したりすることはありませんでした。むしろのびのびとしすぎて、自重せねばと反省するくらいです。
    以上、振り返ってみました。
    学生・研修医の方にもやはりあまり足しにはならなかったかもしれません。ただ、私みたいな者でもなんとかなっているから、自分でも何とかなるかもしれないと感じて頂けたなら幸いです。


     4年目以降は、関連病院での勤務のローテーションに入ることになりますが、1年間の間にしっかり鹿児島大学第一外科というホームグラウンドを作ることができたので、落ち着いて、目標をもって仕事に打ち込むことができると思います。1日1日前よりもずっと患者さんの力になれるよう、そして一人前の外科医に早くなれるようにもっと精進したいと思います。








     

    2017-01-20 19:21:14

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