• TOP >
  • ショートストーリー「ゲカイチ」
  •  ゲカイチヘッダ
    ONE FOR ALL! ALL FOR ONE!


     
     

    研究室へと向かう足が、いつの間にか速くなっていた。

    「急な呼び出しなんて…。」


    頭の中では、あらゆる最悪の自体がぐるぐると駆け回り、
    今にも泣きそうな顔になっていたのか、
    廊下をすれちがう人々が怪訝な表情で僕を見ていた。

    研究室の前で立ち止まり、ゆっくりと深呼吸してみる。
    それでも、動揺しているのがわかるほど脈拍が早い。
    脈拍をとってしまうのが、外科医を目指してからのクセになっている。



    (コンコン)



    乾いたノック音が、研究室前の長い廊下に響き渡る。
     



     
    桐野

    どーぞ!





     


    教授のいつもより明るい声が、逆に僕を不安にさせる。


     




      

    桐野 失礼します。






     

    ん…?

    研究室のドアを開くと、江良井教授が厳しい顔で待ち受けていた。






     

    桐野 遅くなって、すみません。
    どのようなご要件ですか?





     
    桐野 うん、今日はとても大事な話なんだ。
     





     




    研究室では、ゲカイチで一・ニを争う
    スポーツマン・渡先生が後ろで作業をしながらこちらを見ている…。

    ピーンと張りつめた空気が研究室に充満する。
    実際には数秒なのかもしれないが、僕にはとてつもなく長い時間に感じる。

     





     
    桐野

    桐野くん、あのさ…

     






     
       


    その空気を打ち破るように半田先生が話しだすと、
    江良井教授が言葉を遮った。








     

     
    桐野

    桐野くんは野球は好きかい?





     
    桐野

    えっ!野球?ですか…






     
     

    想定外の問いかけ。頭の中が真っ白になる。




     

    桐野

    …あまり強い高校ではないんですが、
    一応甲子園を目指していました。

     



     

    その時。
    教授の近くで難しい顔をしてPCを操作していた渡先生が、急に明るい顔で振り向いた。




     

    桐野

    おっ!野球経験者か。じゃあ、話は早い。

     
    桐野

    実は、今度の日曜日に医局対抗の野球大会があるんだ。
    今度の大会は、絶対に負けられない戦いなんだよ!

     
    桐野

    あ、僕、渡。と言います。
    桐野くん、教授からいろいろ噂は聞いてるよ!





     
    桐野

    絶対に負けられない戦い?…





     
    桐野

    ゲカイチでは、5回出場しているんだけど、
    いつも優勝まであと一歩なんだよね。

     
    桐野

    去年はゲカイチ野球部のエース、
    渡先生のナイスピッチングのおかげで、
    もう少しというところまでいったんだけれど、

     
    桐野

    試合中に渡先生のアキレス腱断裂というアクシデントがあってね…。
    ゲカイチのみんなも今年こそはという気持ちが強いんだよ。





     
    桐野

    今年は渡先生も復活できそうだし…あとは、
    優秀なバッターがいれば優勝を狙えるんですけどね。





     
    桐野

    桐野くん!
    去年のリベンジのためにも、君の力が必要なんだよ!





     
    桐野

    はぁ…





     
    桐野

    桐野くん!





     
    桐野 えっ…? はい。




     
    桐野

    まさか、たかが野球大会だなんて思ってませんよね…




     
    桐野 (ビクッ)



     
    桐野

    たかが医局対抗の野球大会と思うかもしれませんがね、
    野球も医療も同じ!

     
    桐野

    一番大切なのは、チームワークなんですよ。





     
    桐野 チ、チ、チームワークですか!?




     
    桐野

    医療も野球と同じように、一人じゃ何もできないものです。
    ひとつのオペをとっても、執刀医だけでは何もできないですよね。

     
    桐野

    第一助手・第ニ助手はもちろん、麻酔科医や看護師の方々など…。

     
    桐野

    たくさんのプロフェッショナルが集まって一つのチームとして
    オペに挑まないと、どんなオペも実施することはできませんよね?





     
    桐野 はい。たしかにその通りですが…




     
    桐野 よろしい…。個人の技術を磨くことも基本的には大切です。
     
    桐野 しかし…よほど特殊なオペや緊急手術ではない限り、
    手術はほぼ同じメンバーからなるチームで行うのです。
     
    桐野 普段からチームワークをつくっていくことは、
    実際の医療現場においてとても大切なことです。




     
    桐野 外科はフィールドが広い分、
    医療の範囲が多岐にわたるので、
    チームワークが求められることが多いのはわかりますよね。




     
    桐野 それに、他科の先生と協力してオペすることも多いし…
    オペ前のカンファレンスやシュミレーションをしっかりすることで、
    より良いオペを行うことができる!



     
    桐野 個人の能力とより良いチームワーク!
    それが、最高の手術を生み出すのですよ。



     
    桐野

    え、ええ…たしかに…
    様々なプロフェッショナルが一つにまとまり、
    それぞれが自分の役割をきちんと果たすことが大切
    ということはいつも認識しています…




     
    桐野 そうですか。わかってくれますか!



     
    桐野 じゃあ早速なんですが、
    明日の朝5時から大学のグラウンドで全体練習をするので
    遅れないように来てください!




     
    桐野 明日の朝5時ですか!




     
    桐野 ん?何か問題でも?




     
    桐野 いや、実は
    今日のレポート提出のために徹夜が続いてまして…
    さすがに朝5時はきついかな。と…




     
    桐野 そうか…残念だ。
    明日の練習には喜例先生も来られるのになぁ…。
     
    桐野 喜例先生特製のレモンのハチミツ漬けが食べられないなんて
    全くかわいそうに…




     
    桐野 だ、だ、大丈夫です!
     
    桐野 明日5時ですね!
    必ず参加します!
     
    桐野
    チームワークの醸成はとても大事なことですから!






     
    桐野 うん。さすが、私が見込んだことだけはあります。



     
    桐野 じゃあ、明日の朝、大学のグラウンドで待ってるよ!






     
     
     

    極度の緊張からの解放…。
    教授たちが研究室を退室したと同時になだれ込むように近くのイスに座る。

    喜例先生の前でホームランを打つことができたら…
    ああ、なんて素晴らしいのだろう…。

    そんな淡い期待を胸に抱いたが、
    現実を考えると高校卒業以来、野球のボールすら触っていない。




     
    桐野

    チームワークか…

    
     





    とりあえずスマホを取り出す。
    病院から一番近いバッティングセンターを検索することにした。



     

     

    ゲカイチフッタ

<< 前のショートストーリー   次のショートストーリー >>

TEL 099-275-5361 FAX 099-265-7426
〒890-8520 鹿児島市桜ヶ丘八丁目35-1

Copyright (c) 2019 Department of surgical oncology kagoshima university graduate school

TEL 099-275-5361 FAX 099-265-7426
鹿児島大学大学院 医歯学総合研究科 腫瘍学講座 医局長:蔵原 弘 〒890-8520 鹿児島市桜ヶ丘八丁目35-1