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    「豚モツとアイドルと腹腔鏡トレーニング」

     

     その日は、半田先生と田中先生と僕の3人でランチをすることになっていた。
     ランチといっても、いたってふつうの定食屋で、豚生姜焼き定食が650円で出てくる店だ。
     店内のテレビでは、アイドルが司会者と楽しそうに話している。
     先に着いたのは僕だったが、まもなくして二人も入ってきた。
     僕は世間話の類が得意ではない。単刀直入に切り出した。


     

    桐野 あの、僕がゲカイチに入局したとしますよね。
    僕の将来には、どういうステップが待ってるんでしょうか?
     
    半田先生 お、いいねー。できるだけいい声で説明させてもらうよ。
    じゃ、田中先生、お願いします。
     
    田中先生 え!?僕ですか。
     
    半田先生 お願いします。とっておきのいい声で。


     

     

     
     突然話を振られた田中先生が、野太い咳払いをして説明をはじめた。




     
    田中先生 2~3年目は、関連病院で研修。
    外科的手技や、外科疾患全般に関する治療方針を学ぶことになる。
    だいたいはこの時期を終えて、専門医になる。
     
    半田先生

    AKBだってね、テレビに出る前にどれだけ歌やダンスの練習しているか。

     
    桐野 まあ、そうなんでしょうね。
    基礎は大事だということですね。




     
    田中先生

    4年目は、大学病院の病棟に戻ってきて、
    主治医として術前検査や難易度の高い手術、術後管理を行うようになる。
    ここまでで、一般外科臨床医としての立場が確立する。

     
    半田先生

    AKBでいうと、研究生から正規メンバーになる、みたいなね。

     
    桐野

    一人前に活躍しはじめるということですかね。

     
    半田先生

    そう思ってもらっていいよ。




     
    田中先生

    それから、5~6年目の2年間は、臨床から離れて研究を行う期間。
    この間の実験結果をもとにして、学位申請の論文を書く。
    論文を書くのって、慣れてないと想像以上に大変だよ。

     
    田中先生

    それまで臨床ばかりで、まとめてものを書いたり、
    基礎的なことを勉強したりしてないから、二重苦を味わう。
    ただ、それを乗り越えると、また大きな視野が広がって、
    その後の臨床にも非常にプラスになるんだ。

     
    田中先生

    入局7年目以降は、各関連病院で臨床の研鑽を積んでもよし、
    大学で基礎的なことを追求してもよし、海外を含め留学希望する人もいるし、
    開業を目指す人もいる。
    個々に応じていろんな進路を選んでいけばいいんじゃないかな。

     
    桐野

    段階的な成長がサポートされているわりには、
    いろんな可能性が開かれているんですね。

     
    田中先生

    うん、教室の歴史とネットワークの規模が、
    それを可能にしているのかもしれないな。

     
    半田先生

    ちなみに離島医療の話でいえば、
    外科の道を通っておいたほうがいいのは分かるかな。

     
    桐野

    そうなんですか?





     
    田中先生

    何かと限られた環境だろ? 
    一人で診なくてはならない状況でも、対応の幅が違ってくるからね。
    Dr.コトーのモデルもゲカイチ出身なんだよ。

     
    桐野

    へえ、そうだったんですか!

     
    半田先生

    まだ聞きたい?

     
    桐野

    はい、聞きたいです。

     
    半田先生

    AKBの柏木由紀ちゃんは鹿児島出身だよ。

     
    桐野

    先生、そっちじゃないです。

     

     

     
     外科については、チームプレイのイメージを持っていた。
     しかし進路についていえば、個人の志向性が尊重されているらしく、
     その点を田中先生はこう説明した。


     

    田中先生

    助け合いがうまくいってるからこそなんだろうね。
    うちは個とチームのバランスはいいと思うよ。
    個性はバラバラでいろんな人がいるけど、ポジティブな空気があってね、
    バタバタしたときに、こりゃあ間に合わないかなっていう状況でも、
    いやな顔せずにみんなでカバーしあってるしね。
    そうすると、個人の余裕が生まれるだろ?

     
    半田先生

    テレビに出てピンで活躍するようになってからも、
    お客さんの声援や、スタッフの期待に応えようと、
    どれだけがんばってるかって話だな。
    あのコらは研究熱心だぞ。


     


     

     完全にテレビに目を奪われている半田先生がお茶をすする。




     
    桐野

    すいません、そっちはAKBの話ですよね。

     
    半田先生

    ん?そうですよ。


     


     

     どこまでも悪びれないというのは、一つの才能だ。
     

     
    桐野

    あのう、途中からAKBにたとえるのが流行りだしたみたいですけど、
    おかげで僕の中のゲカイチが、女子でいっぱいになっちゃいましたよ。
    どうなんですかね、実際のところはゲカイチに女性は多いんですか?

     
    半田先生

    医局員の女性は3人だけだよ。

     
    桐野

    え?そんなに少ないんですか!?




     
    半田先生

    他にも数人いたけど、他科にいったり結婚を機に止めちゃったりしたんだ。
    「外科は女性に不向き」っていう固定観念があるけど、
    女性の患者さんだと女性医師に診てもらいたいという人も多いし、
    昔のように時間の拘束もさほどないんでね、十分女性もやっていけるよ。
    だからちょっとさびしいよね。
    産休や育児のサポートは当然、補償するし、
    女性医師にも優しい教室作りを目指してるんだよ。

     
    桐野

    じゃあ、もっと宣伝すればいいじゃないですか。

     
    半田先生

    そうなんだけどねえ。君、宣伝してくれる?

     
    桐野

    いや、そこは先生が積極的になりましょうよ。
    僕に対してはずいぶん積極的でしたよ。

     
    半田先生

    人間みんな、得手不得手があるよね。

     
    桐野

    ありますね。

     
    半田先生

    そして同時に、助け合いの心という、尊いものも持ってるよね。

     
    桐野

    それは時と場合によりますけど。

     
    半田先生

    ほら、君、こないだ失恋してたよね。

     
    桐野

    うわあ、そこつないでくるんですか。




     
    田中先生

    ん?なになに?

     
    桐野

    いえ、なんでもないんです。

     
    半田先生

    私はね、時と場合の話をしてるんですよ。
    これまでいくつか助言もしてきたけれど、
    桐野君はそろそろ内に向いた心を、外に向けるときであると、私は考えます。
    リハビリだと思って、
    講習会に興味がありそうな紳士淑女にお声がけをしてみてくれませんか。
    ねえ、みなさん!

     
    桐野

    う~ん、なんですかこの展開。
    フリーダムだなあ。

     

     

     田中先生が横で笑っている。

     

    田中先生

    ははは、君の返しはいちいち細かいね。
    そういうの俺、けっこう好きだよ。

     
    桐野

    す、すいません。

     

     

     

     僕は完全に気が動転していた。
     人間みんな、得手不得手がある。
     僕の場合、同い年くらいの女の子と話すのは苦手なのだ。

     だから僕の失恋はといえば、
     気になっていた近所のコンビニの店員さんが、
     彼氏っぽい人といるところを目撃してしまった、
     というだけの話にすぎないのだった。

     しかし話は、僕の事情にかまわず進んでいった。
     せっかくの豚生姜焼き定食だったのだが、
     豚肉が出てきたのをいいことに、

     縫合実習で使う豚の皮膚のツヤの話になったり、
     小皿のモツ煮にインスパイアされて、
     プラスチック製の擬似腸管の話に及ぶ始末だった。


     僕は生姜焼きがおいしいのか、おいしくないのか、正直よく分からなくなっていた。


     半田先生のダジャレに拍車がかかってきた頃、
     “食堂”にひっかけて“食道”の構造の話になり、
     最後は江良井教授の専門が食道であることにたどりつく。

     

     

    半田先生

    食道癌は難治性の癌の一つでね、
    症状もいろいろあれば、治療法もいろいろある。 癌の深達度って知ってる? 
    桐野君の成績は知らないけど、このくらいの知識は当たり前だよね。


     


      半田先生のギアが、次のギアへとチェンジする。




     
    半田先生

    粘膜に限局するのを、食道では早期がんっていうけど、
    本当に浅い癌は、粘膜や粘膜下層だけを内視鏡的に取る手技をやってるのね。
    その深さの微妙な見分け方を、粘膜の性状を見て、内視鏡で拡大視して、
    と工夫してるんだ。
    他に、センチネルリンパ節の同定もやってる。センチネルって知ってるかな?
    いわゆる見張りリンパ節だね。

     
    半田先生

    内視鏡的手技にしても、手術にしても、非常に進行した癌でない限り、
    見張りリンパ節を通ってから癌がその他のリンパ節に広がっていく。
    そういう理論を利用して、見張りリンパ節を調べて、
    そこに癌があるかどうかを探るってわけだ。

     
    半田先生

    これは、さほど進行していない癌に対しての話だけど、
    高度進行癌に対してはまた少し事情が変わってくる。
    手術だけでは再発・転移がかなりの確率で起こるんでね、
    抗癌剤や放射線治療等、いろんな治療を組み合わせる集学的治療をやる。

     
    半田先生

    一つの癌でも、個々人でいろんな顔つきがあるから、
    いろんな治療法を駆使しないといけないんだよ。
    分かった? 桐野君?



     

     半田先生は、お茶を飲み干し、おしぼりで顔を拭きながら言った。



     

    半田先生

    もし興味があるんだったら、ちょうどいい機会があるよ。
    腹腔鏡トレーニングの募集をするんですよね、田中先生?

     



     田中先生は、笑顔でうなずいている。


     

    桐野

    その講習おもしろいんですか?

     
    半田先生

    めちゃくちゃおもしろいよ。




     

     また、まなざしに本気が混じっていた。
     こうして僕は、講習会に参加する仲間を探すことになったのだ。






     

    ゲカイチフッタ

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