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    発展する分野


     
     

     今年も、銀杏の木が金色に輝く季節になった。今年も残すところあとわずか…。
    今年、結果を恐れずにトライしてきた出来事と、 
    『計画だけで終わってしまった幾つかのこと』を交互に思い浮かべながら、
    今年のクリスマスのことについて妄想していた。


     僕はこれから、喜例先生のところに行き、喜例先生のクリスマスの予定を聞こうと思っている。
    もちろん、学生の身分で喜例先生をデートに誘うなんて
    身分不相応なことを企てているわけではない。

    ただなんとなく。
    世間話がてらに。
    やんわりと。
    それとなく。
    喜例先生に来月24 日の予定を聞くことが出来ればいいなあ、と考えているだけだ…。
     なにより今年、『計画だけで終わってしまった幾つかのこと』を
    これ以上、増やさないために、聞くだけ聞いてみるのは何も悪いことではあるまい。

     
    だから緊張するより先に、勇気を振り絞り、ドアを開けた。



     

    桐野

    こんにちは喜例先生、お久しぶりです!



     
    桐野 あら、久しぶりね。お元気?
    ちょうど良かった、紹介するわ、こちら上田先生。
    胃のセンチネル理論のスペシャリストよ
     


    くっ…、どうやら先客が居たようだ。
    振り絞った僕の勇気が大きく空回る音が聞こえた気がした。




      

    桐野 こんにちは、はじめまして。桐野と申します。


     

    なんだかよくわからない悔しさを噛み締めながら、冷静を装って、挨拶をする。
    …メガネがお似合いの先生だ。





     
    桐野

    おお、こんにちは。噂は聞いているよ。

    ようやく会えたね桐野くん!

         
     


     

    僕は別にそうでもなかったですけどね。

    なんて内心愚痴りながらも、差し伸べられた右手に罪はなく。

    僕もしっかり握り返した。。




     

    桐野

    ちょうど良かったわ。突然ですが問題です!
    取り残しなく、取りすぎることなく、
    切除することが大切なことといえば何でしょう?



     
    桐野

    はあ…。癌。ですよね?



     
    桐野

    正解。桐野くんにはカンタンだったね。

    …センチネルリンパ節理論って聞いたことある?



     
    桐野

    センチネルリンパ…、
    見張りリンパ節でしたっけ?

       
     



     

     唐突に始まったクイズ形式の展開に、
    なんだか若干のプレッシャーを感じたものの、
    意外とあっさり答えが出てきたのは、
    恐れずにトライしてきた今年の勉強の成果と呼べるのかも。





     
    桐野

    正解。がん細胞がリンパ流に乗って
    最初に到達するリンパ節のことだね。

     
    桐野

    うん!
    噂通り、優秀な生徒であることは間違いないようだ。

     




     
    桐野

    そういえばセンチネル理論は腹腔鏡手術や、
    内視鏡的粘膜下層切除等と組み合わせると、
    非常に低侵襲な手術が可能で…

     
    桐野

    これからも【発展性のある分野】 だからこそ
    ゲカイチでは積極的に取り組んでいるって、
    前に森熊先生から教えてもらったことがあります。




     
    桐野

    そうなの。例えば胃癌であれば胃の腫瘍部分だけを取るとか、
    大腸癌や食道癌でも腫瘍部分だけを取ることもあるけど、

     
    桐野

    それは腫瘍の深達度が浅いものだけで、
    ある一定の深さを超えるとリンパ節へ転移する頻度が高くなるから
    リンパ節も一緒に取る手術が必要なのよね。

     
    桐野


    腫瘍の部分だけを取るのであれば、
    内視鏡的に切除を行うことが可能だから、
    それも外科で積極的に行っているわ。




     
    桐野

    はい。覚えています。それで、局所は局所だけとって、
    リンパ節は最初に転移する可能性のあるものだけを取ってみて、
    それが癌陰性であれば、それ以上取らなくてもいい。

     
    桐野

    それがセンチネルリンパ節理論…。
    でしたよね?





     
    桐野

    おぉ。完璧。本当に君は学生なのかい?

         
     
     

    若干棒読みとはいえ、自分でも驚くほど“完璧な答え”。我ながら感心だ。

    しかも、初対面の先生の前で、
    しかも、スペシャリストの前で。

    これは調子に乗ってしまいそうだ…。




     
    桐野

    乳腺も積極的にセンチネル理論を取り入れた手術やっていて、
    縮小手術をやっているのだけど、

     
    桐野

    問題は、そのセンチネルリンパ節を同定するために、
    RI 色素をどのタイミングでどの程度打つかや、
    色素もどう打ったらいいか、なのよね。


           
     
     
     

    ヤバイ…。

    話がそこまで行くと僕みたいなヒヨコには到底手も足も出ない。
    まあ、調子に乗らなかったのは不幸中の幸いとも言える。




     

    桐野

    センチネルリンパ節を固定するための放射性元素や、
    術中の蛍光色素の打ち込み方ですか…。
    なるほど確かに工夫が必要ですね。




     
    桐野

    そうなのよぉ。やっぱりそう思うでしょ?



     
    桐野

    今、そのことについて、喜例先生と勉強していたんだ。

    そのセンチネルリンパ節を術中に取り出してきて、
    術中に迅速組織診を行い、
    それが癌陰性であればそれ以上の手術をする必要がない。

     
    桐野

    そして、それが陽性であれば、リンパ節郭清を行う。
    多く取りすぎなければ、臓器温存や神経温存等の手術が可能だし、
    患者さんに優しい低侵襲手術が可能なんだよ。

     
    桐野

    まだまだ色々なやり方があると思うんだよなあ…


           
     
     
     

    センチネルリンパ節生検は2000 年代前半から導入された比較的新しい技術。

    らしい…。

    つまり、まだまだはっきりとわかっていない部分もあるとも聞いている。
    だからこそ、こうして第一線の先生たちが昼夜問わず、勉強して、議論して、
    成果を導き出しているのだ。


    …うん! なんだか…。
    僕のクリスマスなんて、本当にどうでも良い気がしてきた。
    目の前の上田先生と喜例先生のやり取りを眺めているうちに、
    なんだかヤル気が沸いてきた!

     



     
    桐野

    先生、今日は失礼いたします!


     

    「……。」

    「……?」

    「……。」「……!」 

    …二人はなお議論に熱中して、ついには僕のことが見えなくなってしまっている。


    なんだか胸にたぎる想い…。


    うん! 喜例先生には、来年また改めて声を掛けることにするか!
    『計画だけで終わってしまった幾つかのこと』をこれ以上、増やさないために。

    僕も僕の出来ることを頑張ろうと誓い、静かに部屋を後にする。



    …そうそう…
    今年のクリスマスに関しては、
    この前コンパで知り合った女子大生にLINEしてから考えることにしよう。





     

    ゲカイチフッタ

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